INICIAR SESIÓN『こんばんは。素敵なお店ですね。庭もきれいですし、料理もおいしそうです。ぜひご一緒したいです』
返信を送ると、私はスマホを手にしたまま駅へ向かった。
今日の仕事は終わっている。帰宅して夕飯の支度をするまで、特に急ぐ用事もなかった。
ホームへ向かう途中、スマホが震えた。
『ありがとうございます。食事のあと、庭も散策できるそうです。もしよければ、来週の日曜日はいかがでしょうか。お昼なら予約が取れそうです』
来週の日曜日。
私は人の流れから少し離れた場所で立ち止まり、カレンダーを開いた。
予定は入っていない。
土曜日に家のことを済ませれば、日曜日はゆっくり出かけられる。
私はすぐに返信した。
『日曜日、大丈夫です。楽しみにしています』
『よかったです。では、ランチの予約をしておきますね。時間や待ち合わせ場所は、予約が取れたら改めてご連絡します』
私は少し迷ってから、もう一文を送った。
『あ
『こんばんは。素敵なお店ですね。庭もきれいですし、料理もおいしそうです。ぜひご一緒したいです』 返信を送ると、私はスマホを手にしたまま駅へ向かった。 今日の仕事は終わっている。帰宅して夕飯の支度をするまで、特に急ぐ用事もなかった。 ホームへ向かう途中、スマホが震えた。『ありがとうございます。食事のあと、庭も散策できるそうです。もしよければ、来週の日曜日はいかがでしょうか。お昼なら予約が取れそうです』 来週の日曜日。 私は人の流れから少し離れた場所で立ち止まり、カレンダーを開いた。 予定は入っていない。 土曜日に家のことを済ませれば、日曜日はゆっくり出かけられる。 私はすぐに返信した。『日曜日、大丈夫です。楽しみにしています』『よかったです。では、ランチの予約をしておきますね。時間や待ち合わせ場所は、予約が取れたら改めてご連絡します』 私は少し迷ってから、もう一文を送った。『ありがとうございます。何か私にできることがあれば言ってくださいね』 朝倉さんの返事は、思っていたより早かった。『お気遣いありがとうございます。でも、今回は僕が誘ったので、準備も楽しませてください』 私は画面を見つめ、それから小さく笑った。 準備も楽しませてください。 朝倉さんらしい言い方だった。 店を調べ、予定を確認し、予約をする。 私にとっては、誰かと出かける前に当然のようにしていたことだった。相手が困らないように、当日慌てないようにと、先回りして準備することが多かった。 けれど、朝倉さんはそれを自分でやりたいと言ってくれている。 負担を引き受けるというより、楽しみの一部として。 私はその気持ちを受け取ることにした。『分かりました。よろしくお願いします。私も当日を楽しみにしています』 送信すると、ちょうど電車がホームに入ってきた。◇ 帰宅してから、私は買ってきた食材
朝倉さんとカフェへ出かけた翌週、私はいつも通り会社で仕事をしていた。 午前中の打ち合わせを終えて席へ戻ると、机には確認待ちの書類が何件か置かれていた。私はパソコンで必要な情報を照合し、午後の予定を確認してから、一つずつ処理を進めていく。 仕事自体は普段と変わらない。 ただ、ふとした時に先週末のことを思い出すようになっていた。 朝倉さんと二人で入ったカフェ。 分け合って食べたケーキ。 雑貨屋で見つけた、青みのあるガラスの一輪挿し。 どれも何でもない出来事だったけれど、思い返すと楽しい気持ちになる。「藤崎さん、土曜日はどうだった?」 昼休みが近づいた頃、佐伯さんが隣の席から声をかけてきた。「土曜日ですか?」「カフェ。森下さんが、あなたが自分からお誘いしたって嬉しそうに話してたわよ」 私は思わず笑ってしまった。「森下さん、話したんですね」「細かいことは聞いてないわよ。でも、ちゃんと誘えたんだって?」「はい。一緒に行ってきました」「それで?」 佐伯さんは書類を揃えながら、こちらを見た。「楽しかったです。ケーキを食べて、そのあと近くの雑貨屋さんにも寄りました。初めて入ったお店だったんですけど、雰囲気もよくて」「いいじゃない。ずいぶん普通のデートになってきたわね」「デ、デート……」 思わず聞き返すと、佐伯さんが楽しそうに笑った。「違うの?」「違うというか……まだ、そういうふうに言っていいのか分からなくて」「二人で約束して、おしゃれして、カフェに行って、散歩して。少なくとも、仕事の打ち合わせではないでしょうね」 私は返す言葉を探した。 確かに、そうだった。 あの日、私は朝倉さんに会うために服を選んだ。彼も普段とは違うジャケットを着ていて、お互いに少し照れながら褒め合った。 カフェでは写真と関係のない話をして、帰り道にはまた会いたいと
◆ 仕事部屋でくつろいでいた蓮のスマホが震えた。 画面を見ると、姉からメッセージが届いている。『今日休みだったんでしょ。ちゃんと休んだ?』 蓮は苦笑した。 仕事を詰め込みすぎると、姉は決まってこういう連絡をしてくる。『休んだよ。出かけてた』 そう返すと、間を置かずに返信が来た。『珍しい。どこ行ったの?』『カフェ。あと雑貨屋』『誰と?』 蓮は画面を見つめた。 姉の勘のよさは、子どもの頃から変わらない。『知り合いの人と』 送信すると、すぐに電話がかかってきた。「……もしもし」『ちょっと蓮。知り合いの人って誰よ』「普通、そこから電話してくる?」『だって、あんたが休みの日に誰かとカフェなんて珍しいじゃない。しかも雑貨屋まで行ったんでしょ?』「たまたま近くにあったから寄っただけだよ」『ふうん。で、誰?』 蓮は小さく息をついた。「写真をきっかけに知り合った人。今日はその人が店を見つけて、誘ってくれたんだ」『へえ』 姉の声が、明らかに楽しそうになった。『女の人?』「……そうだけど」『あら』「その反応、やめてくれない?」『別に何も言ってないでしょ。でも、嬉しそうな声してる』 蓮は思わず眉を寄せた。「そんなに分かる?」『分かるわよ。あんた、興味のない話ならもっとあっさり終わらせるもの。今、ずいぶん丁寧に説明してくれたじゃない』 言い返そうとして、蓮はやめた。 姉の指摘には、思い当たるところがあった。『大事にしなさいよ。その人との時間』 からかうような声が、少しだけ穏やかになった。「……うん」『それと、部屋も片づけなさいね』「そこは今、関係ないだろ」『
◆ 朝倉蓮が自宅の玄関を開けたのは、午後六時を少し過ぎた頃だった。 靴を脱ぎ、ジャケットをハンガーに掛ける。いつもなら仕事部屋へ直行するところだが、今日はそのままキッチンへ向かった。 冷蔵庫から水を取り出し、グラスに注ぐ。窓の外には、夕方の街並みが広がっていた。 蓮は水を飲みながら、今日の出来事を思い返した。 藤崎真琴と、カフェへ行った。 彼女が見つけてくれた店だった。 古い建物を改装した落ち着いた店内で、ケーキを分け合い、子どもの頃の話や普段の料理について話した。そのあとには雑貨屋へ寄り、買い物をするわけでもなく、棚に並んだものを眺めながら歩いた。 何か大きな出来事があったわけではない。 けれど、思い返すと自然に口元が緩んだ。 今日の藤崎さんは、よく笑っていた。 姉にゲームで負かされた話をした時も、使い道のない香辛料が棚に残っていると話した時も、楽しそうに聞いてくれた。 それが嬉しくて、普段ならあまり人に話さないことまで口にしていた気がする。「……結構しゃべったな」 誰もいない部屋で呟くと、少しおかしくなった。 蓮はもともと、人付き合いが苦手なわけではない。 撮影の現場では初対面の相手と話すことも多いし、被写体が緊張していれば、場を和ませるために冗談を言うこともある。 ただ、仕事が終われば一人で過ごす時間を好んでいた。休日に誰かと会う予定を入れることも、それほど多くはない。 それなのに今日は、帰り道で次の約束を考えていた。 自分でも少し意外だった。◇ 仕事部屋の扉を開けると、机の上には編集途中の写真が残っていた。 壁際の棚にはカメラとレンズが並び、その隣には資料や写真集が積み重なっている。 蓮は椅子に座り、パソコンの電源を入れかけて手を止めた。 今日は仕事をしないと決めた日だった。 帰宅したら少しだけ写真を整理しようと思っていたが、今はそんな気分ではなかった。
駅へ続く大通りに出たところで、朝倉さんが少し歩く速度を緩めた。「藤崎さん」「はい?」「今日、誘ってくださってありがとうございました」 私は少し驚いて、隣を見た。「さっきもお礼を言ってくださったじゃないですか」「そうでしたね。でも、もう一度言いたくなったので」 朝倉さんは照れたように笑った。「最近は、仕事で人に会うことが多かったんです。撮影の打ち合わせだったり、展示の準備だったり。もちろん、それも楽しいんですけど、仕事を離れて誰かと出かける機会は、思っていたより少なくて」 私は頷いた。 朝倉さんは以前、休日でも撮影のことを考えてしまうと話していた。仕事が好きだからこそ、休みの日も自然とそちらへ気持ちが向くのだろう。「今日は、カメラも持ってきていないんですよ」「そういえば、いつものバッグじゃないですね」「はい。最初から持ってこないことにしました。途中で撮りたいものを見つけるかもしれませんけど、それはまた別の日でいいかなと思って」「今日も素敵なお店がありましたもんね。朝倉さんなら、撮りたいものがいろいろ見つかりそうです」「ええ。でも今日は、藤崎さんと出かける日なので」 その言葉に、私は少しだけ足を緩めた。 朝倉さんは私を見て、穏やかに続けた。「今日、楽しみにしていたのは、藤崎さんに会うことだったんです。カフェがどんなお店かも気になっていましたけど、それ以上に、またゆっくりお話しできるのが嬉しくて」 胸が大きく鳴った。 朝倉さんは、私が写真を見に来ることを喜んでくれていた。作品の感想を伝えると、いつも丁寧に聞いてくれた。 でも、今の言葉は少し違う。 写真を見に来てくれるからでも、作品を褒めてくれるからでもない。 私に会うことを、楽しみにしてくれていた。「……私もです」 少し照れくさかったけれど、自然に言葉が出た。「今日は、朝倉さんと一緒に出かけられるのが楽し
カフェを出た時には、午後の日差しが少し傾き始めていた。 店の前に置かれた鉢植えが風に揺れ、通りには買い物帰りらしい人たちの姿が増えている。「おいしかったですね。タルトもケーキも」 私が言うと、朝倉さんは満足そうに頷いた。「はい。今度はスコーンも食べてみたいです。隣の席に運ばれてきたのを見て、少し気になっていたので」「見てたんですね」「実は。藤崎さんがケーキを選んでいる時から、僕はそっちも気になっていました」「言ってくださればよかったのに」「さすがに三種類は食べすぎかなと思いまして」 真面目な顔で答える朝倉さんに、私は笑ってしまった。 初めて会った頃は、こんな冗談を言う人だとは思わなかった。落ち着いていて、少し距離のある印象だったのに、今は穏やかな表情の中にも、いろいろな感情が見えるようになってきた。 私たちは駅へ向かって歩き出した。 まだ帰るには少し早い時間だったけれど、朝倉さんにも予定があるかもしれない。 そう思っていると、彼が通りの先へ目を向けた。「藤崎さん、このあと少し歩きませんか?」「お散歩ですか?」「はい。せっかく初めて来た町なので、もう少し見てみたいなと思って。もちろん、お時間があればですが」 私はすぐに頷いた。「私も、もう少し歩いてみたいです。さっき来る途中に、気になる雑貨屋さんがあったので」「それなら、そこへ行ってみましょうか」 帰り道が、少しだけ遠回りになった。◇◇◇◇ 駅へ向かう大通りから一本入ると、古い建物を利用した小さな店が並んでいた。 手作りのアクセサリーを置いた店や、焼き菓子の専門店。店先に植木鉢を並べた花屋もある。 私たちはショーウィンドウを眺めながら、ゆっくり歩いた。「あ、ここです」 私が足を止めたのは、小さな生活雑貨の店だった。 窓際にはガラスの花瓶や木製のトレーが並び、奥の棚には布製品が見える。
翌日の朝、私は少し寝坊した。 目を覚ますと時計は七時十分を指している。「……やば」 慌てて起き上がる。 いつもならもう朝食を作り始めている時間だった。 私は急いでキッチンへ向かう。 でもそこには思っていた光景がなかった。 悠斗が一人でコーヒーを淹れていた。
写真を閉じたあとも胸のざわつきは消えなかった。 私はソファに座ったまま、ぼんやりスマホを握りしめる。 居酒屋の明るい照明。 楽しそうな笑い声が聞こえてきそうな写真。 その端に映っていた悠斗。 私の前で見せる顔とは少し違って見えた。 なんでだろう。 笑っていただけなのに。
その日から私は少しだけ悠斗のスマホが気になるようになった。 別に見るつもりはない。 そんなことしたくないし、したら終わりだと思う。 でも。 通知が鳴るたび、無意識に視線が向いてしまう。 悠斗が笑うたび、胸の奥がざわつく。 自分でも嫌だった。 こんなの重い彼女みたいじゃない。
私はスマホの画面を見つめたまま固まっていた。『今日はありがとうございました!またみんなで飲みたいです!』 送信者は、『秋山 美咲』。 知らない名前だった。 でも、悠斗のスマホに届いた通知ではない。 私のスマホだ。 私はゆっくり画面を開く。 どうやらメッセージアプリの「知り合いかも」の







